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東京地方裁判所 昭和63年(ヨ)2267号 決定

債権者

鈴木英四郎

右訴訟代理人弁護士

高山征治郎

亀井美智子

中島章智

山内容

債務者

株式会社八房カントリー倶楽部

右代表者代表取締役

川口勝弘

右訴訟代理人弁護士

紺野稔

秋田徹

主文

一  債務者は債権者に対し、金一一五万二二六四円及び平成元年一〇月末日から平成二年九月末日まで毎月末日限り金三〇万円を仮に支払え。

二  債権者のその余の申請を却下する。

三  申請費用は債務者の負担とする。

理由

第一申立て

一  申請の趣旨

1  債権者が債務者に対し労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

2  債務者は債権者に対し、金六〇二万円及び昭和六二年七月末日から本案第一審判決言渡しの日まで毎月末日限り金三〇万円を仮に支払え。

3  債務者は債権者に対し、金一六六万円を仮に支払え。

二  申請の趣旨に対する答弁

債権者の申請をいずれも却下する。

第二当裁判所の判断

一  債務者がゴルフ場経営等を業とする株式会社であること、債権者が、昭和六〇年四月三日債務者に雇用され、昭和六二年五月二六日からはゴルフ事業本部部長代理として、その事務及び営業を担当してきた者であることは当事者間に争いがない。

二  債務者が昭和六三年六月一七日、債権者に対し即時懲戒解雇(以下「本件懲戒解雇」という。)する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

三  当事者間に争いがない事実並びに本件疎明資料によれば、次の事実が一応認められる。

1  債務者は、八房カントリー倶楽部というゴルフ場を経営しているが、昭和六三年三月一五日ころ右ゴルフ場についてゴールデンフライトメンバーズという制度を創設した。ゴールデンフライトメンバーズの会員には、特典として、債務者の関連企業である八大産業株式会社所有のジェットヘリコプター(乗客定員四人用及び五人用)を毎月二回(一回の定義は東京ヘリポート・八房カントリー倶楽部間を一機一往復)無料で使用することができるとされ、その場合会員本人が搭乗しなければならないが、乗客定員数まで搭乗させることできると定められた。

なお、債権者ほかの営業担当者がヘリコプターの使用をするときは、使用申請書に所定事項を記載したうえ、関口部長の承認印を得て、これを担当事務従業員に提出し、秋濱常務及び債務者代表者の承認印を得て、秘書室においてファクシミリ通信で東邦航空株式会社にヘリコプターの運行を依頼するという手続きを踏むことになっていた。しかしながら、右手続きは必ずしも厳守されていたものではなく、債権者が昭和六三年五月一六日、ゴールデンフライトメンバーズ会員のための同月一八日のヘリコプターの使用申請をした際は、関口部長の承認印は得たもののゴルフ事業本部長の秋濱常務及び債務者代表者の承認印は得ていなかったが、航空会社に運行依頼がなされたことがあった。

2  債権者は、同月二六日午前一〇時ごろ、債務者のゴルフ場でプレイしていた株式会社アイスターの社員から緊急の必要があるので帰路ヘリコプターを使用させてほしいとの連絡を受けた。債権者は、アイスターが八房カントリークラブの正会員であり、営業活動によってゴールデンフライトメンバーズに入会する可能性が十分あると考えていたことから、ヘリコプターの使用申請をすることにして、関口部長が不在だったので、ヘリコプター使用申請書に秋濱常務の承認印を貰い、秘書室に提出した。同日午前一〇時二三分及び二四分に秘書室から東邦航空に八大産業所有のヘリコプター(AS三五〇)の運行を依頼する二通のファクシミリ送信がされ、右ヘリコプターがゴルフ場まで運行されてきたが、同機は到着後故障した。この連絡を受けた債権者は東邦航空に代替機の運行を依頼した。東邦航空はこれに応じてその所有するヘリコプター(AS三五五)を運行し、ゴルフ場と飛行場との間を二往復した。債権者は同日債務者代表者に代替機のチャーターについて報告したが、後にその費用は債権者が負担することとされ、東邦航空から債権者に対し、同月三一日付けで右チャーター料として三八万円の請求がなされた。

3  債務者は、ゴールデンフライトメンバーズの会員募集活動が開始され個人会員四名法人会員八名の入会者があった後の同年六月一六日、当初の見込みより経費が増大したことからヘリコプターの使用を制限することにして、複数の会員が同時にヘリコプターに搭乗した場合には前記特典をそれぞれが一回行使したものとし、また、同乗者については一名だけは無料とするがその他の者からは費用を徴収するものと取扱いを変更した(ただし、費用の徴収については実施しなかった。)。債権者は債務者代表者に対し、このような方針変更は、会員の権利を侵害する等の理由からこれを避けるべきであるとの意見を述べたことがあった。また、債務者は、従前営業担当者が八房カントリー倶楽部への入会勧誘のため顧客の視察にヘリコプターを使用した場合東京ヘリポートと八房カントリークラブとの間の一往復につき一六万円を負担するが、当該勧誘されたものが入会して入会金等を完納したときは、右負担を免除するものとされていたのを変更して、前同日入会の有無にかかわらず営業担当者の負担とする(ただし、入会があったときは所定の歩合給を支給する)ことにした。右変更された各取り扱いについては同月一七日朝の朝礼において従業員に伝達されたが、その際債権者は他の従業員にむかってこの変更に反対の意向を表明し、また、同日夜の債務者代表者らとの話し合いの席でも右変更によって営業担当者の負担は過重になるので再考してほしい旨述べたりしたところ、本件懲戒解雇に付されたものである。

四  債務者は、本件懲戒解雇の理由として、債務者においては、ゴールデンフライトメンバー会員は月に二回を限度としてヘリコプターを利用できるものとしていたのに、使用申請の方法によっては何回でも利用できると虚偽の説明をして入会勧誘をし、また、営業員は、ゴールデンフライトメンバズ入会のための視察その他入会を前提とした使用の場合に限り、ヘリコプター使用申請書に所定の事項を記入して事前に債務者に提出して許可を受けヘリコプター使用が認められるのであり、正会員でもゴルフコンペの場合には使用できないとされているが、債権者は昭和六三年五月二六日三回にわたり使用が認められない場合であるのに、債務者のヘリコプター使用申請書に虚偽の記載(ママ)して提出し、債務者代表者の承認を得ることなく、右順守事項に違反してゴルフコンペのためにヘリコプターを使用し、債務者がヘリコプター使用につき利用回数の数え方を正確にすること、また、虚偽の説明による勧誘を止めるよう再三業務命令を発していたがこれに納得せず、右業務命令に反して業務を遂行し、債権者は、同年六月一七日には部下の営業部員に右業務命令に反抗的、扇動的な発言をして債務者の業務を妨害したものであり、故意に業務の能率を阻害し、又は業務の遂行を妨げ、業務の指揮命令に違反した(債務者の就業規則六九条四号及び一〇号に該当する)と主張する。

五  債務者の右主張につき検討するに、債権者が、ゴールデンフライトメンバーズ入会勧誘に当たって会員の特典について虚偽の説明をしていたこと、また、同年五月二六日ヘリコプター使用申請書に虚偽の記載をして提出したことは認められないが、債権者はヘリコプター使用申請に当り、申請書の記載を完全にすることなく、債務者代表者の承認印も得ていなかったこと、また、債務者のヘリコプター利用取り扱いの変更に対し反対し従わなかったことは前記一応の認定のとおりである。債権者の右行為は、債務者の主張する就業規則六九条四号及び一〇号の規定に該当するものといえる。

しかしながら、前記一応の認定のとおり、債権者は、同年五月二六日、今後の営業活動によってゴールデンフライトメンバーズに入会する可能性がある八房カントリークラブの正会員であるアイスターの社員の要望に答えてヘリコプターの使用手続きを取ったものであり、事前に秋濱常務の承認を得て、社長室においてファクシミリ送信がなされて航空会社に運行依頼がなされ、右依頼によってゴルフ場に到着したヘリコプターが故障したため、代替機として同社所有のヘリコプターを債権者がチャーターし、その費用は債権者が負担したものであり、また、債務者のヘリコプター利用取り扱いの変更に対し反対する債権者の前記言動は、営業担当者にとっては入会勧誘活動に大きな影響を与えられる取扱いの変更に対して反対する趣旨で前記発言をしたものであるということができるのである。右一応認定される債権者の行為をもって債権者を懲戒解雇処分に付することは、社会通念に照らして合理性に乏しく、使用者の裁量の範囲を越えたものといわざるを得ない。

したがって、本件懲戒解雇は無効である。

債権者が本件解雇前固定給として毎月三〇万円の賃金を得ていたことは当事者間に争いがない。

六  本件疎明資料によれば、債権者は、専業主婦の妻と幼児一人の三人家族であり、債権者が債務者から支払われる賃金を唯一の生計の手段としてきたことが一応認められる。

昭和六三年六月から平成元年九月までの過去の未払い賃金については、前記固定給の合計額のみでも四八〇万円となるが、諸般の事情を考慮すると、銀行からの借入金及び税金滞納額の合計額に相当する一一五万二二六四円の限度で仮払いの必要性が認められ、同年一〇月以降は、将来の事情変更の可能性を考慮して、平成二年九月まで毎月三〇万円の仮払いの必要性があると認められる。その余の賃金等仮払いの必要性についてはこれを認めるに足りる疎明がない。

債権者は地位保全の申立てもしているが、右のとおり賃金仮払いを認める本件において、さらに地位保全の必要性を認めるに足りる疎明はない。

七  よって、本件仮処分申請は主文の限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから却下することとし、申請費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九二条但書を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 長谷川誠)

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